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広島地方裁判所 平成2年(行ウ)4号 判決 1992年1月21日

原告

浅野孝雄

右訴訟代理人弁護士

我妻正規

被告

呉労働基準監督署長松本諭

右指定代理人

見越正秋

中野裕道

田中重博

石津和之

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六一年一二月一五日付で原告に対してなした休業補償給付不支給処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五九年四月一日から、浅野建設こと浅野照美の従業員として、建設用鉄骨の加工、組立に従事していた。

2  原告は、昭和六一年六月二七日午後四時ころ、広島県賀茂郡黒瀬町にある浅野建設の作業場において、浅野建設が大之木建設株式会社(以下「大之木建設」という。)から請け負った鉄骨加工の仕事に従事し、マグネット型ドリルを使用しH型鋼にボルト穴をあける作業をしていたところ、H型鋼のセンターポンチの位置を確認するために左手で切り屑を除去しようとした際、ドリルの先端が左手に接触し、左中指切断、左拇指中手骨骨折、左尺骨茎状突起骨折の傷害を受け、そのため同月二八日から同年八月八日まで療養のため休業を余儀なくされ、その間の賃金が支給されなかった。

3  原告は、右負傷は業務上の事由によるものであるとして、昭和六一年九月五日、被告に対し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき、右休業期間の休業補償給付の請求をした。

4  被告は、原告の右請求に対し、原告は労働の対償としての賃金を受けているものとは認めることができず、現場の作業指示等浅野照美の不得意な部門については同人と同一の立場に立っているものと判断し、労災保険法の保険給付の対象である労働基準法九条に規定する労働者性を認めることができないとして、昭和六一年一二月一五日、前記給付を支給しない旨の処分(以下「本件不支給処分」という。)をした。

5  原告は、本件不支給処分を不服として、広島労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたところ、同審査官は、昭和六二年三月一八日、これを棄却する旨の決定をした。

6  さらに原告は、この決定を不服として、労働保険審査会に対し再審査の請求をしたが、労働保険審査会は、平成元年一〇月一六日付で原告の再審査請求を棄却する旨の裁決をし、右裁決書の謄本は平成元年一一月一日に原告へ送達された。

7  しかしながら、以下の(一)及び(二)の事実に照らすと、原告は労災保険法上の労働者に該当するというべきであるから、原告が労働者に該当しないと判断してなした本件不支給処分は、事実を誤認し、労災保険法の解釈、適用を誤ってなされたものであり、また(三)の事実によれば、右処分は信義則に反するものであるから、取消を免れない。

(一) 原告の労働者性その一

次に述べるとおり、原告は、浅野建設の労働者である。

本件不支給処分の理由によると、原告が労災保険法上の労働者に該当しない根拠として、原告は他の労働者とともに労働に従事しているものであるが、浅野照美から給料として賃金をもらったことがないことと、浅野照美自身は現場作業の知識経験等があまりなく、原告が仕事の段取り等を決めているもので、殊に現場における指示命令等は原告に一任されていて、原告は現場の作業指示等浅野照美の不得意な部門については同人と同一の立場に立っていることを挙げ、これらの事実から原告に労働者性を認めることはできないとしている。

しかしながら、原告は、浅野建設において、月給三〇万円(その他、休日手当、残業手当の支給がある。)、労働時間は午前八時から午後五時まで、休日は日曜日という労働条件で稼働していたものである。原告の雇用主である浅野照美が原告の妻であるため、浅野照美において原告の給料を計算のうえ、それを原告夫婦の家計に繰り入れ、その中から必要に応じて原告が妻としての浅野照美から小遣いを受け取っていたが、このような形態は、家内企業にはまま見受けられるところであり、これをもって給料の支払を受けていないということにはならない。また、事業主が現場作業の知識経験等を有しなくとも、それに代わる現場責任者等を置き、実務をその者に任せることは一般によくあることである。原告もこのように現場責任者としての業務に従事していたものであって、事業主と同一の立場に立っていたものではない。

(二) 原告の労働者性その二

仮に原告が浅野建設の労働者であるとは認められないとしても、次に述べるとおり、原告は、大之木建設の労働者というべきである。

(1) 昭和六一年当時、浅野建設は、ほぼ一〇〇パーセント大之木建設の下請の仕事をしていた。したがって、浅野建設は大之木建設から発注があればそれを拒否することはできず、実質的には大之木建設の一鉄工部門といえた。

また、大之木建設から発注される仕事の内容は、工場で鉄骨を加工し、それを現場で組み立て据え付けるという作業であるが、原告は、現場においては大之木建設の現場主任や現場員の指揮命令に服従し、また工場においても大之木建設の指揮命令に服さなければならず、現場及び工場双方に大之木建設の支配命令が及んでおり、大之木建設との関係において原告の労働は従属労働に他ならない。

そして、大之木建設から浅野建設に支払われていた工事代金は、実質的には原告及び浅野建設従業員青山実生の賃金である。

(2) また、原告が大之木建設との関係で労働者であることは、原告の労働保険料の支払方法の特殊性からもいいうるところである。

即ち、既に述べたとおり、昭和六一年当時、浅野建設の仕事は大之木建設の下請が一〇〇パーセントといえるほどであったところ、浅野建設と大之木建設間の工事契約書によれば、工事価格に関する労働保険料相当額(工事価格の一〇〇〇分の六)を浅野建設の負担とする旨定められていた。

そこで、浅野建設としては、現場での労働に対する労働保険料については大之木建設が右のように工事代金から予め控除してこれを納めていたので、現場以外即ち工場での労働に対する労働保険料について毎月工場での仕事の日数に相当する労働保険料を計算して、右労働保険料を別個に納めていた。しかし、当時浅野建設は大之木建設の下請しかしていなかったのであるから、その工場での仕事に対する労働保険料も、真実は大之木建設から支払われる工事代金から控除されていたものである。

(三) 信義則違反

次に述べるとおり、本件不支給処分は、信義則に反し、違法である。

昭和五九年六月当時、原告及び浅野照美は、労災保険についての知識に乏しく、名目上、事業主となっている者は保険給付を受けられないが、事業主でない者は保険給付を受けられるものと理解していた。そこで、浅野照美は、同月八日、呉労働基準監督署を訪れ、同署の職員に対し、浅野建設の前身である株式会社浅野建設(代表者原告)が倒産したが、その代表者が原告のままでは、工事代金を債権者に差押えられる虞れがあり、また原告にも働いてもらわないと人数が足りないから、事業主の名称を株式会社浅野建設から浅野建設へ、代表者の名義を原告から浅野照美へと変更する旨告げて、右のとおり労働保険の名称等の変更届を行った。同職員は、その際、代表者の名目だけ変更しても、労災保険法による保険給付は受けられないこと、中小事業主については労災保険に特別加入する制度があること(労災保険法二八条)を説明することなく、右届を受け付けた。

即ち、浅野照美は、呉労働基準監督署職員に対し、右変更届が名目だけであることを告げ、そして原告及び浅野照美は名目だけの変更であっても浅野照美が代表者である以上、原告が労災保険法上の保険給付を受けられるものと信じて数年間前記方法で労働保険料を納めてきた。そして、本件事故に至るまで、一度も右のことについて呉労働基準監督署から指摘を受けたことはないのである。

したがって、原告の右労働基準監督署の対応についての信頼は充分に保護されるべきものである。

8  よって、本件不支給処分は、事実の認定を誤り、労災保険法の解釈、適用を誤ってなされたものであり、また信義則に違反する違法なものであるから、原告は右処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告が浅野建設の従業員であったことは否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告が浅野建設から昭和六一年六月二八日から同年八月八日までの賃金を支給されなかったことは不知。その余の事実は認める。

3  同3ないし6の事実は認める。

4  同7(一)の事実のうち、本件不支給処分の理由に原告主張のものがあることは認め、その余の事実は否認する。

同7(二)(1)の事実は否認する。大之木建設から浅野建設に支払われていた工事代金は、仕事の完成に対する報酬である。

同7(二)(2)の事実のうち、浅野建設と大之木建設間の契約書において、工事価格に関する労働保険料相当額を浅野建設の負担とする旨定められていたことは認める。但し、大之木建設は、現場における下請人等の災害について元請人の責任が追求されることを慮って、特別に労災保険に加入しているものであって、これをもって原告が労働者であることの根拠とすることはできず、かえって労働保険料相当額を工事代金から控除すると定められていたことは、大之木建設が原告を自己の従業員即ち労働者と考えていないことの証左といえる。その余の事実は不知。

同7(三)の事実は不知。なお、本件において、呉労働基準監督署職員は、浅野照美に対し、何ら具体的に誤った指導をしておらず、同人及び原告の誤解は専ら自らの誤信に基づくものであるから、原告の信義則違反の主張はそれ自体失当である。

三  被告の主張

1  原告の非労働者性を根拠づける事実その一(請求原因7(一)に対して)

(一) 原告は、浅野照美の夫で、原告と浅野照美は生計を一にする同居親族である。

(二) 浅野建設は、もともとは原告の実兄により昭和四二年五月一〇日株式会社浅野建設として設立されたものである。原告はこれを同四五年四月ころから引き継いだ。

しかし、同五〇年ころから事業が悪化し、同五九年四月一日から法人組織を個人組織に変更したが、その際、代表者の名義も浅野照美に変更した。右のように名義を変更した理由は、事業の悪化に伴い、株式会社浅野建設が不渡手形を出し、銀行取引等において原告の名前を表面に出すことができなくなったため、事業所の名称を改めるとともに名義上浅野照美を代表者としたのである。

(三) 株式会社浅野建設は、建築の下請、鉄骨の加工組立を業務としてきたが、原告が株式会社浅野建設の代表者に就任した同四五年四月ころ以降、原告は、鉄骨組立、図面の作成等の作業面の総括及び労働者の採用に携わってきた。即ち、右事業を行うにあたっては、原告は、個人企業形態に変更した後も、浅野照美による指揮命令を受けていたものではなく、原告自らの判断において事業の経営にあたっていたものである。

また、労働の対償である賃金の支払についても、原告は、浅野照美から賃金を受領するという関係にはなかった。

さらに原告には、勤務時間なるものは観念されていなかった。

(四) 以上のとおり、原告は、浅野照美と同居する夫の立場にあり、業務の執行についても、実質的権限を浅野照美と共有していたものであるから、浅野建設の共同経営者とみるべきであって、浅野照美との間に使用従属関係は認められず、また賃金の支払を受けていたとも認められない。

したがって、原告は浅野建設の労働者に該当しない。

2  原告の非労働者性を根拠づける事実その二(請求原因7(二)に対して)

(一) 仕事の依頼に対する諾否の自由の存在

浅野建設は、大之木建設から仕事の発注を受けると、まず独自の立場でその見積りを行い、この見積りを大之木建設において承諾した場合に、両者間に請負契約が成立するのであって、浅野建設は、右発注に対し、これを拒否する自由を有していたものである。

(二) 業務遂行上の指揮監督の不存在

一般に請負によって行われる工事等においては、発注者、設計者、元請負人等注文者側から工事施行上の段取り、材料の選択、工法上の問題、安全衛生管理上の事項等について、下請負人に対して指示、指導等が行われる場合が多いのであって、元請負人たる大之木建設が浅野建設に対して行う指揮命令も、右のように通常の注文者が行う程度の工事全般に関する包括的な指示に止まるものである。

(三) 勤務場所、勤務時間の非拘束性

原告は、鉄骨を加工する作業は浅野建設の工場で行い、それを組み立てて据え付ける作業は現場で行っているが、鉄骨を加工する作業を工場で行うのは、専ら原告の意思によるものであり、また組立及び据付の作業を現場で行うのは、その業務の性質上当然のことである。また、勤務時間についても、原告自らが決定していたものである。

(四) 労務提供の代替性の存在

大之木建設と浅野建設との契約では、浅野建設に代わって他の者が労務提供することや浅野建設が補助者を使用することも認められていた。

(五) 材料の調達

鉄骨や鉄骨型鋼の調達は、浅野建設が行っていた。

(六) 以上の事情を総合勘案すると、大之木建設と原告との間に使用従属関係は認められず、原告は大之木建設の労働者に該当しない。

四  右に対する認否

右主張1(一)の事実は認める。同1(三)の事実のうち、株式会社浅野建設が建築の下請、鉄骨の加工組立を業務としてきたこと、原告が鉄骨組立等の作業面の総括に従事していたことは認め、その余の事実は否認する。

右主張2(一)ないし(四)及び(六)の各事実は否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する(略)。

理由

一  請求原因1ないし6の事実(但し、原告が浅野建設の従業員であったこと、原告が浅野建設から昭和六一年六月二八日から同年八月八日までの賃金を支給されなかったことを除く。)及び被告の主張1(三)の事実のうち、株式会社浅野建設が建築の下請、鉄骨の加工組立を業務としてきたこと、原告が鉄骨組立等の作業面の総括に従事していたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が労災保険法上の労働者に該当するか否かについて判断する。

1  労災保険法には「労働者」に関する定義規定が存しないが、同法一二条の八第二項は、労働者に対する保険給付は、労働基準法(以下「労基法」という。)に規定する災害補償の事由が生じた場合に、これを行う旨規定しているから、労災保険法にいう「労働者」とは労基法に規定する労働者と同一の意義に解すべきところ、労基法九条は、労働者とは、職業の種類を問わず、労基法の適用を受ける事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいうと定義している。右にいう「使用される」とは、使用者の支配従属下において労務を提供する関係にあることを意味し、「賃金」とは、使用者が労働者に支払う労働の対償を意味するものと解される。

2  そこで、右の見地に立って、原告が右にいう労働者にあたるかどうかについて検討する。

(一)  いずれも成立に争いのない(証拠・人証略)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる(但し、一部前記争いのない事実を含む。)。

(1) 原告の実兄(以下、単に「実兄」という。)は、昭和四二年五月一〇日、建築関係の仕事を目的とする株式会社浅野建設(以下「会社」という。)を設立し、代表取締役に就任したが、同年一〇月ころ、交通事故により負傷した。そこで、原告は、当時勤めていた日用雑貨の卸問屋の番頭を辞め、実兄の代行として会社の事業を続け、同四四年ころ、自宅(約三〇〇坪の土地がある。)に二、八トンの門型クレーン、五トンの定盤、溶接機三台、コンプレッサー、油圧パンチャー等の設備を設け、これを会社の工場に改築し、鉄骨の加工の仕事を行うようになり、更に同四五年ころ、実兄が会社へ復帰することが困難となったため、代表取締役に就任し、名実とともに会社の経営者となった。この当時の会社の業務は、主として元請から鉄工加工等の仕事を受注し、更にこれを下請に発注して、その請負代金差額を利得するというものであった。

(2) 会社は、昭和五〇年ころから経営状況が悪化し、不渡手形を出して銀行取引を停止された。そこで、原告の妻である浅野照美は、同五九年六月八日、呉労働基準監督署を訪れ、同署の職員に対し、会社が倒産したが、代表者が原告のままでは、工事代金を債権者に差押えられる虞れがあり、また原告にも働いてもらわないと人数が足りないから、事業所の名称を浅野建設株式会社から浅野建設へ、代表者の名義を原告から浅野照美へと変更する旨告げて、右のとおり労働保険の名称等の変更届を行った。当時、原告及び浅野照美は、労災保険法についての知識に乏しかったので、名目上、事業主とされている者は保険給付を受けられないが、事業主とされていない者は保険給付を受けられるものと誤信して、右のように浅野照美が代表者となったことにより、原告が労災保険の給付対象者になると理解していたのであり、またいわゆる中小事業主の特別加入制度があることも知らなかった。右呉労働基準監督署の職員は、代表者の名目だけ変更しても、原告は労災保険法による保険給付を受けられないこと、中小事業主については労災保険に特別加入する制度があること(労災保険法二八条)を説明することなく、右届を受け付けた。

(3) 原告は、実兄に代わって会社の代表取締役に就任した時以降、その業務の一環として前記工場において鉄骨加工の作業に従事してきた。これはその後浅野建設が個人企業形態になってからも変わらず、原告は、自ら鉄骨加工、納品先現場での鉄骨組立等の作業を行うとともに、他の労働者を指揮監督して作業面の総括を行ない、また元請から発注された仕事の内容を確認し、労働者の採用人選を最終的に決定していた。

原告の労働時間は、仕事の進行具合如何により多少の変動はあるものの、概ね午前八時から午後五時までであり、日曜日は休日となっていた。また、原告の給料は浅野建設の帳簿上は基本給月三〇万円と記載されていたが、実際には原告に給料が支払われたことはなかった(当時浅野建設が原告に給料を支払うような状態になかったことや原告が浅野照美と夫婦であったことから、三〇万円というのは帳簿上の処理に過ぎず、現実に給料として区分したり、支払ったりすることはなく、原告は必要に応じて浅野照美から小遣いを受け取っていたものである。)。

他方、浅野照美は、会社設立当初から、同社の取締役となり、事務関係を担当し、浅野建設が個人企業形態になってからも、電話の応対、集金、支払、帳簿の整理、工事価格の見積り、元請との請負契約の締結を行っていた。

原告及び浅野照美の仕事は、一応右のように分担されていたが、浅野建設の経営については、両名の協議の上で行われていた。

(4) 本件事故が起こった昭和六一年当時、浅野建設の仕事は、大之木建設の下請の仕事が大半を占め、これらは注文主から大之木建設が請け負った建築工事のうち鉄骨工事の部分を下請するものであった。大之木建設から仕事の依頼がくると、原告が仕事の内容を確認に行き、浅野照美と相談のうえ右依頼を受けるかどうかを決めていた。しかし、事実上、浅野建設には、これを拒否するような経済的余裕はなかった。右工事に必要な資材である鉄骨や鉄骨型鋼は、浅野建設で調達しており、勤務場所、勤務時間については大之木建設から特段の指示はなく、浅野建設の工場で鉄骨や鉄骨型鋼を加工し、更に建築現場で組立及び据付工事を行っていた。また、原告及び浅野照美は、どの従業員を雇い入れるか、誰をどの仕事に従事させるか等につき、相談のうえ決定しており、この点についても特に大之木建設から指示を受けていなかった。

浅野建設は、大之木建設から請け負った仕事を遂行するに際し、建築現場では、大之木建設の現場主任や現場員から組立、据付工事の指示を受け、また、工場での鉄工の加工については、大之木建設から鉄骨の加工の精度を一定水準に保つよう指示があった。

工事代金は、各請負工事ごとに金額が定められ(右金額の算出方法は不明である。)、これを大之木建設の指定する日に浅野建設宛に支払われるというものであった。

労働保険料の負担に関しては、建設事業が数次の請負により行われる場合、労災保険制度上、工事現場を一単位として元請負人が事業者となり、下請に使用されるすべての労働者について保険料納付の義務を負うこととされているため、大之木建設は、予め浅野建設に支払うべき工事代金から労働保険料相当額を天引きして、右保険料を支払っていた。そこで、浅野建設は、毎月出勤簿から原告と従業員である青山実生が工事現場に出ている日数と工場に出ている日数を算出し、工場で働いた分に相当する賃金総額を計算して、これに所定の率を掛けて労働保険料を支払っていた。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  そこで、まず原告が浅野建設の労働者に該当するかどうかについて判断するに、以上認定した事実に照らすと、原告は、業務の遂行にあたって浅野照美の指揮命令を受けていたとは認められず、かえって、浅野照美とともに浅野建設の経営に関与していたものであって、鉄骨加工等の労務に従事してはいても、それは事業主としての立場で行っていたものと認められる。

したがって、原告が浅野照美の支配従属下において労務を提供する関係にあったものと認めることはできず、また賃金の支払を受けていたと認めることもできないから、原告が浅野建設の労働者に該当するとはいえない。

(三)  次に、原告が大之木建設の労働者に該当するかどうかについて判断する。

(1) 前認定のとおり、昭和六一年当時、浅野建設は、大之木建設の専属下請に近い状態にあり、大之木建設からの仕事の依頼を拒否する立場にはなかったものと認められるが、右関係はあくまで浅野建設の経済的事情に基づく事実上のものであるうえ、浅野建設が大之木建設以外の元請からの仕事もわずかながら請け負っていたことに照らすと、浅野建設は大之木建設から他の元請の依頼に応じて仕事をしてはならないという拘束を受けていたわけではなく、他の仕事に自由に従事することもできたと認められる。

また、前認定のとおり、浅野建設は、建築現場では、大之木建設の現場主任等から組立、据付工事の指示を受け、工場では、鉄工の加工精度について指示を受けていたものであるが、請負による建築事業は、元請や各下請の仕事がそれぞれ有機的に関連して行われるものであるから、事業の適正かつ安全な遂行を図るうえで、注文者側から工事施行上の段取り、材料の選択、工法上の問題、安全衛生管理上の事項等について、下請負人に対して指示、指導等が行われるのはむしろ通常のことである。大之木建設が浅野建設に対して建築現場で行った指示が、右のように事業の適正かつ安全な遂行を図るうえで通常必要とされる範囲を越えていたものと認めるに足りる証拠はなく、また鉄工の加工精度について指示をなしたことは単に請負契約の内容に沿うよう債務の履行を求めているにすぎないものと認められる。

更に前認定のとおり、大之木建設は、予め浅野建設に支払うべき工事代金から労働保険料相当額を天引きして、右保険料を支払っていたが、これは、大之木建設の負担である労働保険料を浅野建設と大之木建設間の内部関係において受益者である浅野建設の負担としたものであり、右事情によれば、大之木建設は原告を自らの労働者と認識していなかったものと認めることができる。

(2) 右検討を踏まえて、前認定事実に照らして考えると、原告は、浅野照美とともに自らの計算と危険負担に基づいて事業経営を行う独立の事業主として大之木建設と請負契約を締結したのであって、大之木建設が原告及び浅野建設の従業員に対して行う指揮監督も注文者として通常なす程度を越えていないと認められ、大之木建設が浅野建設に対して支払った工事代金は、原告及び浅野建設の従業員の労務提供に対する賃金ではなく、独立の事業主に対する請負代金であるとみるのが相当である。

したがって、原告が大之木建設の労働者に該当すると認めることはできない。

三  本件不支給処分が信義則に反するかどうかについて判断する。

請求原因7(三)の事実は要するに、原告及び浅野照美は、名目上、事業主でない者は労災保険法上の保険給付を受けられるものと信じて労働保険の名称等の変更届を行い、労働保険料を負担してきたところ、その間、呉労働基準監督署の職員が、事業主の名目だけ変更しても、保険給付は受けられないことや中小事業主については労災保険に特別加入する制度があること(労災保険法二八条)を指摘せずに、本件不支給処分をなすのは、原告の右信頼を害するというものである。

一般に信義則は、私人間の法律関係のみならず、行政法関係においても適用があるものであるが、行政庁が説明をしなかったという不作為に対する信頼が保護されるためには、少なくとも行政庁が当然に右説明をすべき義務があるにもかかわらず、これを怠ったという事情が必要であると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前認定のとおり、浅野照美は、右変更届の際、株式会社浅野建設が倒産し、その代表者が原告のままでは工事代金を債権者に差押えられる虞れがあり、また原告にも働いてもらわないと人数が足りないから、事業主の名称等を変更する旨告げたのであるが、右事実のみでは、右変更が単に名目だけのものであることを示したとは認められず、かえって原告にも働いてもらわないと人数が足りないと述べている点からすると、原告が代表者を辞め、労働者として働くことを示唆していると認められる。他に右変更が名目だけのものであることを示したと認めるに足りる証拠はない。そうである以上、右変更届を受けた呉労働基準監督署の職員は、変更届どおり爾後原告は浅野照美の労働者として行動するであろうと考えるのがむしろ当然であるから、右変更届が名目だけのものであるかもしれないことを想定し、事業主の名目だけ変更しても保険給付は受けられないとか、中小事業主については労災保険に特別加入する制度があることを指摘すべき義務まで負うものではないというべきである。

したがって、本件不支給処分が信義則に反するとはいえない。

四  以上の次第で、原告が労災保険法の適用を受ける労働者に該当しないと判定してなされた本件不支給処分は適法であって、右処分に原告主張の違法はない。

よって、右処分の取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅田登美子 裁判官 古賀輝郎 裁判官 山口浩司)

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